くりしあの駄文置き場

ちょっとした小説等を公開していく予定です

episode1-1「日常」

「ほら、亜紀。ご飯食べたばかりでしょ?何してるのさ」

詩杏のやや呆れた声が部屋に響く。目線の先には詩杏のベッドで横になっている亜紀の姿だ。

 

「えへへぇー・・・お兄ちゃん、これはねぇ・・・至福のひと時なんだよぉ・・・。お兄ちゃんのふかふかベッドで二度寝するの、最高なんだよぉ・・・」

 

蕩けきった顔と声、というのはまさにこのことを言うのだろうか。

亜紀はお布団の魔力に抗えず、今まさに陥落しようとしていた

 

「まったく、昨日言ってたしっかりするっていうのはどこへ行ったのやら・・・これは先が思いやられるかな?」

ため息交じりにそう呟くと詩杏はすっと立ち上がる。

「亜紀、僕はいつものところに行ってくるから、あまり寝すぎないようにね?」

「・・・ぁぃ・・・」

亜紀は囁くように返事をすると、そのまま意識を手放していった。

 

「・・・さて、いってきます」

そういって彼は一人、家を離れた。自分のベッドに違う人が寝ていることに何の違和感も抵抗感もないのだろう。彼にとって、御鏡亜紀という人物はそれほど近い距離間にある人物なのだろう。そしてそれはもう一人の幼馴染、篠宮火煉も・・・

 

 

「♪~♪~~」

火煉は鼻歌交じりで自室の掃除をしていた。

冒険者という職業柄、家を空けることも少なくないため、空いてる時間があると部屋の掃除を行っているのだ。

「さて、ちょっとこのあたりの配置も代えてみようかな…?」

配置完成図を頭の中に描いていると、扉のノックオンが響いた。

 

「?・・・どうぞ~」

 

「相変わらず不用心だな、火煉は。自分がモテるんだっていうことをもっと自覚したほうがいいぞ」

 

扉を開けて入ってきたのは一人の男だった。火煉は当然この男と知り合いだった。

「私の部屋を気軽に訪ねてくるのは亜紀ちゃんと詩杏と、あなたくらいよ、阿琉都隊長」

そう言われた男は高音阿琉都。火煉や詩杏とパーティを組み、隊長を名乗っている男である。名前の響きの綺麗さとは裏腹に、戦闘スタイルは前衛、盾役でまさにパーティの要だ。

 

「そうなのか?お前くらいになると言い寄ってくる男なんて腐るほどいるだろ?」

「そういう時は詩杏に彼氏役を任せてるから問題ないわ」

「あいつの場合は、時々彼氏じゃなくて女友達に見られかねないけどな」

「それ、今の詩杏の前で言っちゃだめよ?つい先日、一目惚れしたって言ってパデュス族の男にものすごい求愛受けてたんだから」

それを聞くと阿琉都は豪快な笑い声をあげる

「まじか!?そこまで行くと逆にすごいな。しかし、困惑してる詩杏の顔が容易に想像できるな」

「多分、隊長が想像してる通りの顔してたわ」

 

「・・・それで?ただ雑談しに来たわけじゃないんでしょ?」

会話がひと段落して、火煉は自家製の紅茶を阿琉都に振舞いつつ、本題に入るように促した。

「なに、大したことじゃないさ。昨日、亜紀ちゃんが冒険者ギルド入隊試験に受かったんだろ?」

「・・・あら?隊長、ロリコンだったかしら?」

「おぉい!!」

阿琉都は焦って声を上げる、こういう場合、えてしてその通りだと・・・いや、この話はやめておいたほうがよさそうである。

 

「ったく、亜紀ちゃんが冒険者になって、どうするんだって話だよ」

「?」

意図がわからずきょとんとする火煉。

「だから、亜紀ちゃんはこのパーティに入ってくれるのかって話だよ」

「あぁ・・・」

 

まさに、なんだそんなこと、と言わんばかりの表情で火煉は答えた。

「亜紀ちゃんの中ではもうとっくにパーティの一員みたいよ?」

「そうなのか?」

「隊長だって何度もあきちゃんと会ってるのに、何を今更って感じよ」

それもそっかと、阿琉都は一人納得し、そして、ふと疑問を抱く。

「・・・で、そのあきちゃんはどこに?ここに来る前にあきちゃんの家寄ったけどいなかったんだが?」

「あの子探すならあきちゃんの家より詩杏の家のほうが確率高いわよ?」

「まじかよ!!」

今日一の大声が、火煉の部屋に響き渡った。

 

 

「おはようございます、モメーリエスさん。今日も1スペース、お借りしますね」

グラナの大図書館、膨大な本の数を誇る「知」の拠点。

すべてを読破したものはだれもいないと言われるほどでその内容はグラナの歴史から恋愛小説、レシピ本。住民が書いたと思われるポエム集なんてものもあるようだ。

 

「あら、おはようございます、詩杏さん。いつもの席、空いていますので、今日もゆっくりしていってくださいな」

図書館の司書、モメーリエスは詩杏の姿を確認すると誰にでも変わらない微笑みを浮かべる。

 

ここ最近まで閉鎖的であったカーマスリビアでは。まだ、外部からの人間に対する印象をよく思っていないものはまだ多く。それは幼いころにグラナにやってきた詩杏達3人に対してですら多少影響があるほど。

しかし、モメーリエスは詩杏の本に対する情熱を高く評価しており、それに伴い、詩杏に対する感情も良い印象を持っていた。

・・・時々ついてきては本を読む途中で寝てしまう亜紀には少々困っているようではあるが・・・

 

「ありがとうございます」

詩杏はそういうといつも利用している席に腰掛け、読書を開始する。

言葉のやり取りは少なく、グラナの図書館は人の数はそれなりに多いものの、静寂に包まれていた。

 

 

「・・・ぅーん・・・」

しばらくして亜紀はもぞもぞと体を起こす。

「今何時だろ・・・」

あたりを見渡す。カーテンの隙間から零れる日差しから、もうすぐ昼になるころだろうというのがなんとなくだが亜紀にも理解できた。

「ま、いっか・・・ぉゃすみぃ・・・」

そしてまた亜紀は眠りについた。まさかの3度寝に突入していったのである。

数時間後に詩杏の家にやってくる阿琉都と火煉に叩き起こされ、軽く説教されるのは、また別の話である。

prologue「新しい冒険者」

「・・・はい、問題ありません。これで貴女もグラナ所属の冒険者です」

落ち着きのある女性が優しい微笑みを浮かべ、小柄な女性、亜紀に話しかける。

それを聞いた亜紀はぱあっと満面の笑顔に変わる

「ほんとっ!?これでお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に冒険に行けるの!?いけるんだよね!?」

カウンター越しにずずいっと乗り出しながらはしゃぐ亜紀

「おにいちゃん?おねえちゃん?・・・あ、詩杏さんと火煉さんの事ですか?確か・・・いえ、なんでもありません」

「?」

 

勢いに押されかけた女性ー冒険者ギルドの受付だろうかーは崩れ落ちかけた眼鏡をただし、気を取り直し話しかける。

「と、とにかく、亜紀さん、これであなたは冒険者です。簡単にですが、ここ、グラナでの冒険者の規律をお教えいたします」

「規律?」

「はい、冒険者とはいえ、母体が首都グラナ。女王の名も借りている団体ですので何もかも自由にやっていいわけではありません。軍と言うほどでもありませんが、あまりにもグラナに仇名すと判断された場合は、除名。ひどいと国外追放もありますので、気を付けてください」

「え?あ・・・はい」

 

国外追放?お兄ちゃんたちに会えなくなる?え?何?どうして?——

 

「・・・そんな顔しないでください。あくまでよほどである場合です。今まで追放になった方はいらっしゃいませんし、亜紀さんなら問題ないでしょう」

「そ、そうかな?」

 

「えぇ、何よりあなたには頼りになる方々がいらっしゃるでしょう?ほら。迎えに来てくれたみたいですよ?」

受付のお姉さんが視線を亜紀の後ろに向け、それに流されるように後ろを見やると、良く知った、亜紀にとっては何よりも代えがたい二人がそこに立っていた。

 

「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」

 

言うが早いか、亜紀は二人に飛び込んでいった。二人は慣れた感じで受け止めると優しい笑顔で迎え入れた。

「あきちゃん!お疲れさま、無事に試験合格できたみたいね?おめでとう!」

リリムさん、今日は亜紀がお世話になりました。今後もご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

 

「亜紀さんは本当に元気な方ですね、きっとギルドのほうも明るい雰囲気になっていくと思いますよ」

リリムと呼ばれた受付のお姉さんはそう微笑む。

「むぅー!お兄ちゃん!私そんなに迷惑かけないよ!」

逆に亜紀のほうは少々ご立腹のようだ。とはいえ、本気で怒っているわけではなく、じゃれついているというほうが正しいだろうか。

「ほんとかな?今までみたいにのんびりしてちゃいけなくなるよ?家はあるけど、冒険者は実績第一なんだから」

「詩杏、今日のところはそこまでにしておいたら?あきちゃんだって少しずつしっかり自覚していくわよ」

「・・・それもそうだね」

 

詩杏と呼ばれた青年・・・青年だろうか。とても中性的な顔立ちをしているが亜紀がお兄ちゃんと呼んでいたから男なのだろう。

 

詩杏がリリムにまた来ますねと一声かけると、リリムが緊急時はまたお世話になりますねと、返答した。

 

そうして亜紀は、右手側に火煉、左手側に詩杏に囲まれてギルドを後にする。グラナで3人を見かける、いつもの並び方だ。

 

3人が詩杏の家に戻ると、新たな冒険者の誕生に3人でささやかな宴が開かれた。